岡山地方裁判所 昭和63年(行ウ)8号 判決 1990年5月30日
原告
牧野信枝
同
近藤通
同
下山卿啓
同
鈴木正明
右原告ら訴訟代理人弁護士
藤本徹
被告
岡山市長松本一
右訴訟代理人弁護士
服部忠文
右指定代理人
大西嘉彦
外五名
主文
原告らの本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和六三年一月二三日付でした別紙物件目録記載の各土地にある別紙図面(二)の赤斜線部分に対する道路位置指定廃止処分及び同図面の青斜線部分に対する道路位置指定処分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告の本案前の答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、昭和三七年三月三〇日、別紙物件目録記載の各土地中の別紙図面(一)の赤斜線部分(以下「五号道路」という。)につき、道路の位置の指定処分(指定番号同年第五号)をした。
2 原告牧野、同近藤は別紙物件目録記載一〇の土地を共有し、原告下山は同目録記載六の土地を、原告鈴木は同目録記載八、九の各土地をそれぞれ所有し、五号道路を通行していた。
3 被告は、昭和六三年一月二三日、コトブキ地所こと加藤祐享(以下「加藤」という。)の申請に基づき、五号道路のうち、別紙図面(二)の赤斜線部分(以下「本件廃止部分」という。)を廃止し、新たに同図面の青斜線部分(以下「本件指定部分」という。)について道路の位置の指定処分(指定番号同年第一〇八号)をした。
4 原告らは、右廃止処分により、東方に通じる道路への通行ができなくなり、交通上著しい不便を受けている。また、原告らが自己所有の右各土地を購入するについては、五号道路の存在が大きな要素となっていたが、五号道路が東方に通じないこととなり、右各土地の地価が著しく下落し、経済上も著しい不利益を被っている。
5 新たに道路位置指定をする場合には、道路として指定されたことにより私有地の所有者その他の利害関係人に何らの損失補償なしに重大な制限を課することからその権利保護のため、建築基準法施行規則九条は利害関係人の承諾を要する旨規定しているが、この点は、道路位置指定がされた既存の道路を変更、廃止する場合も同様に解すべきであって、原告らの承諾なしにされた本件各処分は違法である。
6 被告は、道路の位置の指定(変更、廃止を含む。)について「道路の位置の指定(変更・廃止)指導要綱」(以下「本件指導要綱」という。)、「道路の位置の指定(変更及び廃止)指導要綱施行細則」(以下「本件細則」という。)を定め、本件指導要綱、本件細則に従わない者には、許可等の処分をしない方針で指導してきた。その結果、本件指導要綱、細則は、建築基準法を補完するものとして法に準ずる効果を発揮している。ところで、本件細則二条(3)によれば、道路の位置の指定を申請する者は、土地の所有者、又は管理者に指定道路計画を明示した図書を提示して、その計画の承諾を受けて、承諾書を添付し承諾欄に承諾印をもらい、また、私有地の場合には、印鑑証明書、土地の登記簿謄本を添付する旨定められている。しかし、被告は、原告らの承諾なしに本件道路位置指定処分をしており、違法である。
7 また、本件細則二条(4)によれば、道路の位置の廃止(一部廃止を含む。)を申請する者は、当該道路部分の所有者及びその他の権利者又は管理者並びに当該道路に面した土地の所有者等に指定道路廃止計画を明示した図書を提示して、その計画の承諾を受けて承諾欄に承諾印をもらい、また、私有地の場合には、印鑑証明書、土地の登記簿謄本を添付する旨定められている。この点につき、本件においては、五号道路全体が一つの道路と考えられるべきであるから、原告らは、「当該道路に面した土地の所有者等」であると解される。そうすると、本件道路廃止処分については原告らの承諾が必要であるにもかかわらず、原告らの承諾なしにされた本件道路廃止処分は違法である。
8 仮に、本件各処分が被告(行政庁)の裁量の範囲に属する許認可事項だとしても、本件各処分は、著しく裁量権を逸脱して行われたものであるから、違法である。
9 原告らは、昭和六三年二月一七日、岡山市建築審査会に対し、右各処分につき審査請求をしたところ、同建築審査会は、同年四月二三日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。
10 よって、原告らは被告に対し、本件各処分の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
1 原告らは、本件道路廃止処分と本件道路位置指定処分とが別個の処分である旨主張するが、被告は、五号道路のうち、別紙図面(二)の赤斜線部分の道路位置指定を一部廃止し、新たに同図面の青斜線部分を道路位置指定したもので、一個の行政処分である。
2 行政処分の取消訴訟において原告適格を有する者は、行政事件訴訟法九条の「法律上の利益を有する者」、即ち、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者でなければならないのであって、単なる事実上の利益ないし反射的利益を有するに過ぎない者は、これに該当しない。
3 建築基準法は、「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする」ものであり(同法一条)、道路と建築制限に関する諸規定(同法四二条ないし四五条)も、付近住民の通行上の便宜を図ろうとするものではなく、当該建築物の使用に関し、避難又は通行の安全を確保するため、敷地と道路との関係について規定し(同法四三条)、又は、通行、安全、防火、衛生の見地から他の建物の利便を妨げ、周囲の環境を害することがないようにするため、道路内の建築制限について規定したもの(同法四四条)である。したがって、同法四二条一項五号による道路位置指定処分がされることにより、付近住民を含む一般公衆が当該道路の通行を許される結果、通行の利益を享受することになるが、このような利益は、同法の単なる反射的利益に過ぎない。
4 道路位置指定処分自体は、一個の意思表示により道路敷地の土地所有者全員に対してされる処分であるが、道路位置指定を一部廃止する処分は、当該廃止部分の土地に課せられていた権利制限を回復することを内容とするもので、当該廃止部分の土地所有者に対してのみされる処分である。そして、原告らは、いずれも本件廃止部分の敷地につき所有権その他の法的権利を有する者ではなく、単に右廃止部分とともに道路位置指定処分を受けた里道(本件指定部分)の西に接する五号道路の道路存続部分の敷地を含む自己所有地の利用上、右廃止部分を通って公道(市道)に至ることにより通行の利便を享受していたというものに過ぎず、しかも、右廃止部分を唯一の外部との連絡道にしていたのではないのであるから、右の通行の利便は単なる反射的利益であって、原告らは、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有する者とは認められない。なお、仮に、本件の一部廃止処分が、一括して道路位置指定処分を受けた土地所有者全員に対してされる処分であるとしても、当該道路の通行に関する利益の他には、当該廃止道路部分以外の土地所有者の地位には何ら変動を生じさせるものではなく、前記のとおり、右廃止部分を唯一の外部との連絡道にしていたものではないのであるから、右の通行の利益は単なる反射的利益に過ぎず、原告適格を認めることはできない。
5 さらに、原告らは、本件処分により本件廃止部分の通行が許されなくなった結果、原告らが所有する右各土地の時価が下落し、経済上著しい不利益を被った旨主張するが、前記のとおり、建築基準法は、近隣建築物の敷地価格の安定まで保護する趣旨のものではないから、右経済上の不利益をもって原告適格を認めることはできない。
6 原告らは、五号道路の位置指定の一部廃止をするに当たっては、建築基準法施行規則九条の利害関係人として原告らの承諾を要する旨主張する。しかし、同規則九条は、私有地を道路として指定することが、何らの損失補償をすることなく私有地に重大な制限を課すものであることから、道路位置指定処分の前提として、道路敷地の所有者その他の利害関係人の承諾を要するとしているのであって、既に指定された私道を廃止する場合は、これにより従来道路敷地上に課されていた権利行使の一時的な制限を解除するに過ぎないことから、同規則九条は、道路廃止の際には所有者その他の利害関係人の承諾について規定していないのである。本件では、新たに道路位置指定がされたのは、本件処分の申請人が所有する土地の一部のみであり、原告らの所有地に対して新たな権利制限を課したものではないから、原告らの承諾を要しない。
7 また、仮に、道路位置指定を廃止する場合にも道路敷地上の権利者の承諾が必要であるとしても、本件処分により道路位置指定が廃止された土地について、原告らはいずれも所有権その他の権利を有する者ではないから、その承諾を要しない。また、仮に、原告らが右承諾を要する者であるとしても、前記のとおり、本件処分が原告らの所有地に対して新たな権利制限を課したものではなく、原告らの所有地が、建築基準法四三条一項のいわゆる接道義務に違反することもないのであるから、原告らが右承諾のないことを理由として本件処分の取消しを求めることは許されない。
8 岡山市は、道路位置の指定、変更又は廃止の申請を処理するための指針として、本件指導要綱、細則を定め、道路位置指定の廃止の申請をする場合には、当該道路部分の所有者、その他の権利者、管理者、当該道路に面した土地の所有者等の承諾を要する旨規定している(本件細則二条(4))。右規定の目的は、道路位置指定の廃止処分の内容を利害関係人に周知させ、紛争を未然に防止するとともに、紛争が予測される場合には、当事者間での自主的な解決を促すことなどにあり、あくまでも行政上の配慮から定められたものである。また、このような指導要綱の法的性質は、行政の内部規範であって、その拘束力は直接住民にまで及ばないものであるから、本件指導要綱、細則に違反していることを理由に本件処分の違法性を論ずることはできない。
9 被告は、道路位置指定の変更、廃止の申請者に対して、本件細則二条(4)所定の権利者から承諾を得るよう指導しているが、全員の承諾を得ることが困難な場合には、最終的に変更、廃止される道路敷地の所有者及び関係権利者の承諾があれば変更、廃止処分をしているのであって、原告らの同意がなければ、変更、廃止処分ができないような運用はしていない。
10 本件細則二条(4)の、当該道路に面した土地の所有者「等」とは、廃止となる道路に面した土地の地上権者、借地権者等を指すものであって、原告らのように、存続する道路部分の土地の所有者等を含むものではない。
三 被告の本案前の主張に対する原告らの反論
1 道路位置指定によって通行者に通行権が認められないとしても、通行者には、民法上保護されるべき自由権(人格権)があり、その妨害を排除する権利があることは判例上も認められている。そして、道路位置指定の廃止処分は、通行妨害の最たるものであるから、原告らの承諾なしに右権利を奪うことは許されない。
2 道路位置指定は指定されたことにより、土地の所有権、利用権を法的に制限するものであり、その制限は当該土地の所有者だけではなく、一個の指定処分により道路位置指定がされた指定道路については、その道路全体について利害関係を判断する必要があり、このことは、指定道路の一部廃止の場合も同様である。そして、本件細則二条(4)によれば、道路の位置の廃止処分を行うには、当該道路部分の所有者及びその他の権利者又は管理者並びに当該道路に面した土地の所有者等の承諾を受けることが必要とされているのであるから、本件の場合、原告らは全体的に見れば、当該道路部分の所有者に該当すると解され、仮にそうでないとしても、当該道路に面した土地の所有者「等」に含まれると解されるので、法により法律上保護された利益を有するものである。
3 被告は、本件指導要綱、細則につき、法的な拘束力がなく、これを遵守しなくても違法ではない旨主張するが、被告の担当者は、私人に対して半ば強制的に本件指導要綱、細則に従うよう要求し、あたかも法的拘束力があるかのように運用している。このように、指導要綱が法令に準ずる程度に強力な運用がされている場合には、これに違反する処分は違法になるといわなければならない。本件のように、被告の都合によって、本件指導要綱、細則に基づいて申請者に義務を課し、あるいはこれに法的な強制力がないとの弁解を許すとすれば、行政指導の名の下に、行政庁に恣意的な権力の行使を許すことになる。これを是正できるのは、裁判所だけであり、本件のような場合に訴えの利益が認められなければ、私人にとって救済される方法がないことになる。
第三 証拠<省略>
理由
一<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 被告は、昭和三七年三月三〇日、五号道路につき道路位置指定処分をした。
2 被告は、道路位置指定処分(変更、廃止を含む。)の実施につき、本件指導要綱、細則をそれぞれ定めている。本件細則二条(3)によれば、道路位置指定を申請する者は、当該道路の所有者、又は管理者に指定道路計画を明示した図書を提示して、その計画の承諾を受けて、承諾書を添付し承諾欄に承諾印をもらい、また、私有地の場合には、印鑑証明書、土地の登記簿謄本を添付する旨定められている。また、同条(4)によれば、道路位置の廃止(一部廃止を含む。)を申請する者は、当該道路部分の所有者及びその他の権利者又は管理者並びに当該道路に面した土地の所有者等に道路廃止計画を明示した図書を提示して、その計画の承諾を受けて承諾欄に承諾印をもらい、また、私有地の場合には、印鑑証明書、土地の登記簿謄本を添付する旨定められている。
3 被告は、本件指導要綱、細則による道路位置指定等の処分をするに当たっては、本件細則二条(4)所定の権利者から承諾を得ることを申請者に対して指導していたが、右権利者全員の承諾を得ることが困難な場合には、変更、廃止される道路敷地の所有者及び同敷地の関係権利者の承諾があれば、変更、廃止処分を行っていた。
4 加藤は、昭和六三年一月二三日、被告に対し、本件廃止部分を道路として利用していないことを理由として、五号道路の位置指定の一部変更、廃止を申請し、右承諾書の承諾欄には、申請者で本件指定部分の所有者である加藤と右土地に抵当権を有する山陽ファイナンス株式会社の各承諾印が押捺されていた。被告は、右申請に基づき、五号道路のうち、本件廃止部分(加藤の所有する二四八番六、同番八の各土地の一部)について道路位置指定の廃止と、本件指定部分(加藤の所有する同番九の土地の一部)について新たな道路位置指定とを一括して行う旨の道路の位置の指定処分(変更、廃止)を行った。
5 本件処分当時、原告牧野、同近藤は別紙物件目録記載一〇の土地を共有し、原告下山は同目録記載六の土地を、原告鈴木は同目録記載八、九の各土地をそれぞれ所有しており、同目録記載一〇の土地は別紙図面(一)の「牧野」「近藤」と記載された付近、同目録記載六の土地は同図面の「下山」と記載された付近、同目録記載八、九の各土地は同図面の「鈴木」と記載された付近にそれぞれ存在し、原告らは、五号道路を東側に通行して同図面の東側に記載された市道に至っていた。もっとも、右各土地からは、五号道路の西端に接続する道路を通行すれば、本件廃止部分を通行するのとほぼ同様に右市道に至ることができる。
二そこで、本件訴訟における原告適格について検討する。
建築基準法施行規則九条は、道路位置指定の申請者に対し、道路予定地及びその土地上にある建築物、工作物に係る権利者の承諾書を添付するよう要求しているが、これは、道路位置指定処分がされると、右各権利者が無補償で重大な権利制限を課せられることになるため、損失補償請求権を放棄する趣旨をも含めて承諾を要求していると解されるから、道路位置指定をするに当たって承諾を要する関係権利者の範囲は、当該道路敷を公道にするために公用収容すると仮定した場合に、損失補償を必要とする関係権利者の範囲と一致するというべきである。これに対して、道路位置指定を廃止する場合は、関係権利者に対する右権利制限を解除するものであるから、その承諾を要しないと解される。そうすると、本件廃止部分については関係権利者の承諾はそもそも不要であり、また、本件指定部分については、前記一の認定事実によれば、原告らは右の損失補償を必要とする関係権利者に該当しないのであるから、結局、原告らは一般公衆としての通行の利益に基づいて本件訴訟を提起したものというべきである。
そこで、この見地から原告適格を検討するに、行政事件訴訟法九条における「法律上の利益を有する者」とは、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、単なる事実上の利益ないし反射的利益を有するに過ぎない者は、これに該当しないと解するのが相当である。これを本件についてみると、本件処分は、建築基準法四二条一項五号に関連した処分であるが、同法における道路と建築制限に関する諸規定(同法四二条ないし四五条)は、道路と建築物の敷地との関係において、避難、防災、安全、交通、衛生等に支障を生じないようにし、これによって、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、公共の福祉を増進させようとする(同法一条)ものであって、個々の住民の具体的な通行の利益を保護するものとは解されないから、同法四二条一項五号による道路位置指定処分がされた結果、一般公衆が右道路を自由に通行できることになっても、このような利益は、右処分の反射的利益に過ぎず、これによって一般公衆が法律上の利益を取得するものとは解されない。もっとも、右道路の位置指定が廃止され、右道路の通行が不可能となることによって、特定人が通行により享受する利益に著しい支障が生じ、これが法律上の利益に影響を及ぼすと認められる特段の事情がある場合は、右と別異に解すべき余地もあるが、前記一で認定した事実によれば、原告らの所有地は、本件廃止部分、指定部分のいずれにも直接に接しておらず、また、本件廃止部分を通行しなくても、別の道路によって本件廃止部分を通行するのとほぼ同様に市道に至ることができることから通行について著しい不利益が生じるとも考えられないのであって、原告らの主張する不利益が法律上の利益に影響を及ぼすと認められる特段の事情があるとは解されない。さらに、本件指導要綱、細則は、いずれも被告の内部的な通達の一種であり、実際上も私人に対して法的な拘束力を認める程の運用がされていたとは解されないから、この点でも原告適格を認めるのは相当でない。そうすると、原告らの本件訴えは原告適格を欠き、不適法である。
三以上の次第であるから、原告らの本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官白石嘉孝 裁判官安原清蔵 裁判官太田尚成)
別紙<省略>